_  サイト公開2000日記念に管理人が語るの図。 #Back

こんにちは。いつも訪問ありがとうございます。
おかげ様で「疾葵(き)こと風の如し」はサイト運営を始めて
「2000日」を突破しました。(ポケモンセンターhayate時代含)

日記は一週間で飽き、新しい試みは三日で挫折する管理人@何やらせても駄目な人
です。2000日といってもピンと来ない人も多いかと思われます。
年月に直してみるとサイト公開を始めてから5年半が経過しているので結構な老舗です。
な割にアクセス数が少ないのは内緒です。コンテンツがしょぼいのも秘密です。
………ついでに野暮な突っ込みも禁止です。

今回はサイト運営を始めて5年半(2000日)経過を振り返る、またこれからの展望を大いに
語ってるので興味がある人は見てやって下さいまし。(また風呂敷広げ始めるのか
数回に分けて言いたい放題語ってます。こういう時に一度自分の考えをまとめて
見たり、見直したりする機会は有意義だと思いますので。


◇ 2000日突破記念シリーズ vol.1 〜無知と受難と多難の日々〜 ◇

(1999年のサイト開設期からサイト移転、更新停滞の2001年頃まで)

私が始めてHPを持つ事になるのがもう5年以上も前になる訳です。
今と違って当時はDCで更新していた訳ですが。最初はポケモンの話がメインで
序々にゲーム全般にシフト。最終的には料理と絡めて展開していく予定でした。
あらゆる意味で実現不可能な粋にまで陥りましたが。>料理関連の予定。

と同時にユーザー側の意見を聞いてみたいという側面から掲示板などの
コミュニティを置く事になります。また最初は手動だったリンク集も
検索機能を付けたいのとブックマークの公開の意味を兼ねて検索エンジン
として設置。しかしその効果は恐ろしい程無いといっても過言ではありません。

結局狙いとしては他の所と変わらず、利用者が余りいない寂れたコンテンツ
となっていました。当時の考えとして、今より個人サイトには掲示板、
プロフィール、日記などがあって当たり前という考え方が広く浸透していたから
かもしれません。(殆ど放置されている現状も手伝いますが)

というよりご存知の通りインターネットが家庭で爆発的に普及し始めたのは
1998年からなんです。私は1999年からドリームキャストで参加しているのですが。
当時の流れとしては…ゲーム機でもネットが出来るスゲー!(注*SSは高くて手が出なかった口
→ドリームキャストでもHPが作れるらしいっ!→じゃあ作ってみるか。

という昔から「誰かがやるからとりあえずやってみる典型的なパターン」

ネットに繋いでから一ヶ月としないウチにサイト作りを始めてみたり。
当時としてはgeo,cool,freeweb当たりがDCでも作れるHPとして有名でした。
1999年も半ばを過ぎる頃にはPC購入と同時にPCでの更新作業にシフト。
2000年初頭にはCGIが使ってみたいという理由と広告の排除の面から有料サーバーに移行。
掲示板やチャットなど自作CGIと呼ばれるスクリプトを設置したりお遊びCGIを置いてみたり…

ただ今にして思うと細々と交流なんかしてなごんでいた時期でもありました。
当時交流していた人は皆サイト閉鎖して連絡が付かない状況なんですが。
私が学生をしていたという事もあり、サイトの更新ペースは月5〜6を順守していた
のですが、就職と共に忙しくなり、サイトの更新が出来なくなったという反省点もあります。

ブロードバンドの普及と共にWebの技術が大きく進化し、またサービスを提供する
側による容量増大やPHP、SQLなどの新しい技術の台頭。後に作者は更新出来ない苦痛や
葛藤、また後から開設されたサイトに置い抜かれていく現実からこの頃の出来事を
サイト運営以来最悪の出来事と揶揄しています。

とはいえそれは自分の限界を知る事になった面もあり、序々に復活させていく事に
なるのですが…(まだまだ続きますよ

この頃のサーバー。無料→有料→糞鯖…年30000もつぎ込む羽目に。
回線環境 33.6k→ISDN→フレッツADSL(2001年)
 《#Back

_  需要に甘んじる日々。 #Back

◇ 2000日記念連載シリーズ vol.2 ◇

・(サイト復興期の2002〜2003年)

前年度の更新頻度は目を当てるモノでは無かったのですが、
序々に時間的余裕が出来てきて、サイトの更新頻度が元に戻ります。

更新頻度は先にも後にも最高ペース(週2〜3)を維持。
しかしその反面で序々に自分のやりたい事から「ずれたサイト」
運営が始まります。恐らくその原因はポケモンであり、ゲームであり、
またコミュニティであり。自分のやりたい事より客のニーズに甘んじる
サイト。しかし客を呼び込む為には仕方の無い事。この時期のサイト
運営はある意味で苦痛だったのかもしれません。

それはこのサイトが仕事で運営する義務的責任を負うサイトではなく、
個人が運営する趣味的サイトだからでしょう。ニーズに合わせる事も
勿論大事ですが、その反面で当サイトは個性の無い何処にでもある
個人サイトと変わらない、特徴の無いサイトとなっていきます。

少なくともサイト運営時から考えていた、ゲーム・料理・読み物
をメインとするサイトからはバランスが極端に偏向した傾向に。
特に料理はレシピや美味しい店の紹介とかも色々考えていたのですが、
考えた末に美味しい店などの紹介は却下されました。


と同様に長々と運営してきた日記で真面目に語る意味が無くなって
きた訳で、色々と都合が悪い訳です。後で残る日記は。(素
日々の戯言を書くのはいいんだけど、真面目にその日起こった事を
書く必要は無く、文字体を崩して面白可笑しくしてみたり。

またある程度運営してきた事で単なる羅列であった日記は個人の
特定に繋がりかねない内容も沢山触れてきました。個人情報の必要過多に
よる漏洩。まだ野郎だからいいけどこれが女子中生ならそれはそれは
毎日のアクセス数が凄い事になっていたことでしょう。
もしくはそういうウケを狙って騙し・ジョークサイトを運営するという
事の可能ではありますが。便利な日記ツールやblog等の登場で
当サイトも現在のシステムに移行している訳です。 《#Back

_  光は燈した。これからの展望は。 #Back

◇ 2000日記念連載シリーズ 最終回 ◇

(サイトの熟成とこれからのサイトの方向性)

サイト運営が成功と呼べるかどうかは解らないのですが、
(当初想定していた計画からは大きくずれた事等々…)
一定のアクセス数を確保し、弱小から中堅に入ろうかという所まで発展していると
自分では思っています。いゃ思ってるだけなのかもしれませんが。

但しこの5年半の間にHTMLやCSSと言った言語、インターネットのテクノロジー
の進化。通信のインフラの整備などありとあらゆる面でそれはもう秒進分歩の
勢いで目まぐるしく変化しています。需要に甘んじることはない。

だが…アクセスビリティとユーザビリティの面で一考する必要がある。
TOPページを除く部分的なコンテンツの殆どは検索エンジン経由によって
しか日の目を浴びる事はありません。基本的に個人で運営し、更新して
いるWebですが、見辛いサイトでは私の伝えたかった事が誤って伝わる
インターネットならではの怖さ、感情の誤認識に繋がります。そこでデザインや
文体も含め、この5年間で築き上げてきたものを

「一度ぶっ壊す必要がある。」

一度真っ皿にして書き直す必要がありそうです。初心に帰ってというか
原点回帰というか。私が書きたかったもの。Webでやりたかったもの。
私が伝えたかったもの。まだまだ学ぶべき事は多いようです。

試したい事、解らない事…まだまだぼんやりと頭の中で思い浮かぶ…
そんな感じです。最終系というものはまだまだ見えてきませんが…
色々ともがいて…少しづつ少しつづ思い描いた想像図の通りに
Webの構築が出来ればと思います。

成さねば成らぬ。何事も。何もしなければ何も変わらない。
しかしその為に急いては事を仕損じる訳で…あまり無理を
しないで程々に思考錯誤していこうと思った…ある秋の日のこと。


後書き
2004年8月(19日)からシリーズで連載してきたコラム。最後の方は多忙により
後付けという形式での補完となりましたが、今回のコラム執筆に
あたりお手伝いして頂いた方々に深く感謝致します。 《#Back